2009-11

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ブルペンエース

ブルペンエースって良く言ったものです。練習では凄い力を見せるけど、本番になるとからっきし駄目っていうキャラです。つまり能力は無いわけじゃないんだが、メンタル面に多少問題があって、なお当分「場慣れ」させなきゃならないっていう「まだまだ投資が必要な」商品ともいえます。
大山のゴルフは、まだそのブルペン何とかの域であることが判明し、闘志を内に秘めて、しばらくは地に潜りたいと考えております。今後はゴルフを頭から除外して仏像でも彫ろうかなって思ったりしています。私の毛呂山の家のお隣にSさんという建具やさんがいらっしゃって、十年ほど前から彫刻を始めて、次第に大きな仏像などにも挑戦している姿を見てまいりましたが、何か罪滅ぼしでやっていらっしゃるのか? なんて冗談を叩いていましたが、きっと私と似たような何かの体験をきっかけとして踏み込んだ境地だったのでしょう。
仏像は例えばの話で、あくまで「の、ようなもの」にいっとき没頭してみれば又違ったゴルフの見方も出来るかなっていうところです。もちろん短歌もゴルフも継続しますが、気分転換というか、脳内の洗浄も必要だって考えます。

さて、四月号も無事に校了となりまして本日ローヤル企画様にデータを渡しました。今週は祭日もありますから、出来上がるのは25日頃でしょうか。いつもよりやや遅めの配本となりましょう。校正では頑張って早く戻して貰ったのですが、大山の体調いまいちの日々が続き、編集作業などに影響致しました。申し訳ないことと反省しております。

というわけで、きょうは17日。まだまだ5月号の投稿が遅れて舞い込む状況です。締め切りを過ぎていますから、いよいよ本格的な選歌作業に入ります。5月号は赤間洋子先生の『思ふ存分』の特集を組みます。7月号は川又幸子先生の『歳月』の特集です。8月に「椎田たかし追悼」特集を組みたいとも考えております。いまから原稿のご用意をお願いいたします。

編集室扱いの歌集、歌書紹介欄の原稿が少し溜まってほっとしています。担当してくださっている皆様、少しずつ出させて頂きますので、引き続き原稿の投入をお願いします。

『シネマto短歌』について

皆さま、大山敏夫でございます。
今日は雪がちらほら降り始め、明日は積もりそうだとの話です。
明日は朝一番での会議がございまして、都内に参ります。やや、心配です。
ところで、4月号の別冊付録として冬雷短歌会文庫008『シネマto短歌』を企画しておりましたが、無事に校了となりまして、本日印刷に回しました。雑誌の方は、これから組版にかかる段階ですから、付録の方を一週間ほど先に作っておくことになります。今回の文庫判は、歌集ではないエッセー集となります。三年余り冬雷に連載したものを纏め、小久保美津子女史が密かに今年の「直木賞」を狙っている? ほどの面白い作品です。
企画した私も製本に気合を入れてデザインしました。表紙カバーは嶋田正之先生のシンプルな作品を使い、大山がデザインした「帯」を巻きます。本文には(ご存知かと思いますが)写真がふんだんに使われております。写真が良く出るように、いつもよりやや上質の用紙を使うかもしれません。印刷所と交渉中です。
内容は最新シネマ30篇を鋭く愉快に紹介し、短歌を絡めて纏めるという斬新なものです。その前身としてスタートした美味しそうな「グルメDE短歌」7篇も付録掲載しました。合計37篇のエッセーです。今年のアカデミー賞の「おくりびと」も、もちろん入っていますよ。どうぞ、お楽しみに。
冬雷会員の方は幸せですね。こういう良質の文庫本シリーズが無料で別冊付録として度々貰う事ができるわけですから。どうぞ、皆さま、冬雷短歌会の素晴らしさ、運営努力とその品格を御吹聴願います。そして新しいお仲間をご紹介ください。別冊付録の文庫本をオリジナルで刊行し続けている短歌結社など他にはありません。冬雷は相撲部屋で言えば小部屋に過ぎないかもしれませんが、相撲の本道を如何に進んでいくかの工夫と模索を重ねています。相撲ではありませんね、短歌です。
どうぞ、編集部を信じてください。日本一の短歌結社を目指しましょう。

友情の証です

素晴らしい友情の証です。
いま、こうした作業ができるのは、やはり御遺族の方ではなくて冬雷の友だと思います。先の私のブログに即刻反応されたお二人に感謝です。仮題『定本椎田たかし歌集』のテキスト作りに着手の連絡が入りました。関口正道大兄、桜井美保子さん、お二方のお申し出を頼りたいと思います。
個性爆発のユニークな作品を数知れずお作りになった椎田さんの歌集となると、かなり存在感の濃いものになると予想されます。仕事を歌い、ご家族を歌い、友を師を歌う、人間的な作品群です。或る意味、その手に掛かるとみんな椎田調の世界に招き入れてしまう「大きさ」もあります。
いい歌がたくさんありますって、桜井さんより第一報が入りました。そうですよね。歌は人間そのものの存在を表現する詩形なのです。花を見ても団子を食っても、それは作者の変形でしかないモノしか表現できないのです。
椎田さんの歌は椎田さん「御自身」でしかありません。
ああ、もっともっと、たくさんの椎田さんを私たちは知りたかったのですが。
若すぎる、と、またも思い、残念です。

御礼です

大山です。
ただいま返りました。椎田先生のあったかい雰囲気が充満する「ヒヨドリ医院」でした。スタッフの皆様にも優しくして頂きました。婦長さん、とおぼしき方に名詞をお渡しして、ぜひ短歌を作ってくださいと声を掛けてまいりました。十二も作れない、と仰るので、十二以内ですから一つでも三つでもいいんですよって、お話しました。
事務所兼受付の隣室に椎田先生のお写真が飾られ、花束など沢山供えられてありました。皆様に愛され慕われた椎田先生のことですから、納得いたしました。私もお写真に手を合わせ記帳して参りました。60歳って、本当に若すぎる「死」であります。まだまだ遣り残したこともたくさんあったことでしょう。残念なことです。
しばらくして奥様が駆けつけてくださいました。
おいそがしい所に押しかけて申し訳ありませんでした。昼間はがむしゃらに動いているけど、朝や夜にはがくんときますと仰ります。さもありなんと思いました。目の辺りにお疲れのご様子が伺え、心が痛みました。
冬雷のことなどもご心配頂き恐縮しました。
このHPは、当分このまま運用していただくことにしました。ゆっくり考えましょう。奥様は、運用を引き継いでやってもいいとまで仰ってくださいました。有難いことです。
次に、亡くなった先生が如何に短歌を愛し、大切に考えていたか、という点も話してくださいました。超多忙な医師としての業務の合間にふっと心の休息を、短歌を考えることで転換していた模様です。
作品は奥様の検閲を経て投稿されていたようでした。いくらでも出来てしまうようだったとも証言されました。なるほど、そういう歌であるのかもしれません。
一冊にまとめてあげたいと仰るので、じゃ文庫にでも致しましょうか? と私は申しました。
膨大な量の作品を、データからの抽出してくれる方がおれば、早くできるのですが、どなたか手をあげてくれませんかね。
くれぐれも、お体を大切に願います、と申し上げておいとま致しました。

案内くださった飯嶋さん、有難うございます。
インフルエンザで家に篭っていた鮎沢さんに、リレーエッセーの36回目をお願いして、勝田を後に致しました。
さようなら、椎田先生。

アップしたつもりでしたが、エラーのようです。
今日は月曜日ですが、もう一度アップするのに挑戦です。
うまくいくかな。

大山敏夫

会員のみなさま

冬雷会員のみなさま。
いま、7時50分です。
これから上野に出て、ひたちなかに向かいます。
勝田駅からは、支部の方に落ち合い、一緒にヒヨドリ医院の椎田さんを尋ねます。
ひさしぶりに、ひたちなかに行くので、緊張しております。
じゃ、行ってきます。

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