2009-11

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伺います

椎田先生
やっと美幸様と連絡がつきまして、今度の土曜日にご挨拶に行くことが決まりました。
あなたの希望を込めて作り上げたヒヨドリ医院の方へ参ります。
あなたのお写真が私を待っていてくださるとのこと。
みなさま、そのお写真に向かって最後のご挨拶をいまでもされているようです。私も、ヒヨドリ医院にでんと構えて待っていてくださるあなたのものに参ります。
冬雷の代表として、参ります。
色々お世話になってきました御礼に参ります。
このホームページのことなどもご相談いたします。
お昼ごろに着くように参ります。
どうぞ、待っていてください。
じゃ、失礼します。


生き残った私たちは

このブログは管理者の亡き後も未だ動いているようです。先生のせめてものお心遣いとして、書いています。

椎田先生との最後のメールのやりとりを転記します。

>
>大山敏夫先生
>
>いま体調を崩しております。
>
>歌壇1評は、私の力の及ばぬものとなりました。
>
>辞退いたしたく、お願いに申し及びます。
>
>早いほうが良いと考え、メールで失礼いたします。
>
>椎田たかし


椎田先生
承知しました。
有難うございました。
働きすぎですよ。
少し体をいたわってください。
取り急ぎ、御礼まで。
大山


このメールを受けて、すぐに対応、次の締め切りが迫っていたので、小久保美津子女史に白羽の矢を立てて一本釣りで、後の顛末は「話の広場」での通りです。
過労というのが実情でしょうね。常にアグレッシブでテンションも高かった先生のことですから、大丈夫かなっていう心配が無いではありませんでした。
元気一杯であっという間に居なくなった保坂時子さんを思い出しました。

  浅草の「加奈子」に大笑ひして呑みし久子亡し時子亡しああ君もまた

というのは『呑・舞』のなかにある安藤知晃さんへの挽歌ですが、椎田先生にも「ああ君もまた」は通じます。椎田先生との会話には明るい笑いがいつも伴いました。芳賀久子も、保坂時子もそうでした。
みんな死んでしまいました。何処へ行っちゃったんですか? 本当に。教えてください。彼岸だ、天国だなんて、まさか言わないでくださいよね。本当は何処なんですか?

広報では、いまこのHPの保持に向けて、どうするのがいいのか、動いています。実情は亡くなったし椎田先生以外は知らないで居たのです。その処理をご教示くださる方も、すでに居りません。
場合によっては、閉鎖もあるので、最悪のケースも頭に入れときましょう。
椎田先生のご好意に甘えてきましたが、改めてここに謝意を表します。
先生、長い間、本当にお疲れ様でした。

訃報。なんて悲しい知らせだろう

今日は悲しい知らせです。
なんて悲しい知らせだろう。嘘だろうって、皆さんも思われるでしょうね。
嘘ならいいんだけど、たぶん本当です。今私がこれを書いていることが「夢の中」の出来事でないのなら。夢なら覚めてくれって泣いています。
ひたちなか支部長の、このホームージの管理者の、とてもとても優しい弱い者の味方の医師、優しいお父さん、優しい夫、そしてもの凄い親孝行の、ヒヨドリが大好きな庶民的な医師、個性あふれる歌人で評論家の、の、の、の、椎田たかし先生が、お亡くなりになったのです。
23日の金曜日に「心不全」で急逝されたのです。
そして今日26日の月曜日にその告別式が行われたのだそうです。
私は、昨日今日と藤間の短歌工房を不在し、せっかくその知らせを下さった鮎沢喜代さんの気持に応えられませんでした。申し訳ありません、申し訳ありません。椎田先生、ごめんなさい。どれだけお世話になってきたか計り知れないくらいの私なのに、先生に最後のご挨拶も出来ないなんて、本当に申し訳ありません。
なんで、なんでこんなにも早く、あっという間に。
先生は本当にいい人だった。
無学で軽薄な私を、決して見下ろさず、いつもいつも優しく導いてくださった。私は知人に、優秀な医師がいることが大変な誇りでありました。頼りであったのです。ああ、椎田先生、なぜあなたはこんなにも早く逝ってしまわれたでしょうか。
私の歌集『呑・舞』にもあなたを歌っておりますよ。

  元気がでる薬はないと言ひ切りし椎田たかしよ元気でゐるか
  ひよどりは強く賢き鳥にして鴛鴦夫婦の「ヒヨドリ医院」

という二首です。「元気をだせよ」という一連の最後のふたつです。
先生はこの歌を読んでくださってのでしょうか。仰った通り、元気がでる薬なんてこの世の中にはないのです。そんな気に錯覚させる薬ならあるかもしれません。先生はそれがお分かりだった。その言葉を聴いて私は、「先生、元気が出る短歌って話を何かお書きになりませんか」ってお願いしたこともありましたよね。先生からは良い返事は頂けませんでしたが、その後の冬雷の企画で「元気が出る短歌」特集を何回か続けました。あれは、先生の一語から頂いた企画でした。
ああ、色々思い出します。先生、先生、さようなら。本当にお世話になりました。
有難うございました。先生は本当に素晴らしい「男」でした。
誇りとさせて頂きます。
合掌

ハニカミ王子

十七歳のプロゴルファー石川遼君がついに憧れのアメリカメジャーのマスターズへの出場を決めた。素晴らしいことだし、同じ日本人として誇りでもある。こういうコメントは平凡だけど、実際に凄いことなのだ。この出場については、彼の実力が第一なのだが、やはり世界同時不況という暗い産業界のなかにあって(ゴルフのツアーを支えるのはスポンサー企業である)何か明るい素材、景気回復への何らかのきっかけを探り、あらゆる試みをしているっていう背景もあろう。
その意味で日本は、いまなお経済大国なのであって、そうした背景を背負っての大事な役割も担っての出場なので、石川プロも「大変だ」ということにもなる。それにしてもコメントも立派。とても十七歳とは思えない品格がある。
私も去年一年石川プロの試合をずっと見てきたが、シーズン後半の凄さは「本物」だという印象を受けた。勝ったのは一つに違いないが国内メジャーに2位だとか、常に優勝争いの最後まで絡み、そしてその常に挑戦する、プレースタイルには魅せられた。あの勝った試合が象徴的である。最終ホールの2打目、慎重に刻んで安全パーを取れば「勝ち」であり、そんなことなら簡単に出来る(我々にはそれさえ危ない)技があるのに、敢えてリスク50%のグリーン前の池を越しての「ツーオン→バーディー」を描いてショットした。惜しくもほんのちょっと距離が足りずボールは転がり落ちて池の中まで。
ありゃ、これはもしかしたら負けかって思った人も多かったろう。それほど危険な状況にあった。それがあの水のなかのボールを見事に打ち上げ、しかもスピンを掛けてピンそばにまげて転がした。たまげるスーパーショットである。あの追い詰められた緊張の場面でのスーパーショットがまぐれで出来るはずがない。彼の実力である。あのシーンが多くの胸を打って、推薦出場への切り札になったのかもしれない。素晴らしい、素晴らしい、楽しみな二月になりそうだ。期待しよう。

さて、昨日届いた雑誌「心象」2月号には『神は死んだ』『思ふ存分』に1頁割いての紹介が載っていた。有難いことである。主宰羽場喜弥氏、筆者安田美鶴子氏に御礼申し上げたい。とても好意あふれた言葉が一杯で、よく読みこんでいただいたことが分る。感謝します。

又ゴルフに戻るが、私も指導を受けている多田真美子プロから「昭和の美男子・シャイ・オジサン」って紹介されてプロ主宰のコンペにも出たことがある。石川もアメリカではシャイ・プリンスって報道されたらしい。何か似てる? こじつけだが、嬉しいね。ちなみにそのコンペでのグロス103が、私のベストスコアなのである。

今年は90を切るのが目標だ。その前のハードル「100きり」をパスしての無謀な挑戦である。常にアグレッシブでありたい。次にコースに出たら必ず90台はだす。任せてって感じである。
私とプレーしたい方は、いつでもどうぞ。大山敏夫の十番勝負っていうコラムを冬雷に書いたっていいくらいだよ。半分冗談、面白半分だけど。

ぞくぞくぞく

一欄の批評の件、小久保女史に快諾を頂き一安心です。
さて、歌集『神は死んだ』の批評が続々集まってます。
まだまだ間に合うので、どんどんお願いします。
いい歌集なので、いい批評が出来ますよね。
期待してます。
赤間さんの『思ふ存分』の方もよろしくね。
待ってます。ぞくぞくぞく、しながら。

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